300円を払えなかった夜、私が本当に削っていたもの
有料駐輪場での迷い
はじめに
お疲れ様です。
アースキーです。
先週、福岡空港の駐輪場で20分立ち尽くしていました。
「3日で300円。これくらい払えよ」
過去の自分の声が、頭の中で聞こえてきます。
普通に考えれば、屋根ありの有料駐輪場を選ぶ一択です。
それなのに、私はそこで動けなくなっていたんです。
今回はそんな話を、自分の言葉で書いていきます。
音声解説バージョンはこちら (時折やります)
(クリプトニンジャによるクロストークです)
1. 300円が払えなかったあの日
福岡空港へ自転車で行く予定がありました。
6月19日から22日まで、3日間預ける必要があった。
無料の屋根なし駐輪場と、有料1日100円の屋根あり駐輪場。
3日で300円。 普通に考えれば、迷う金額ではありません。
有料を選ぶメリットは明確でした。
・屋根があって駅近
・雨でサドルが濡れない
・チェーンやブレーキが錆びない
・帰宅後すぐに自転車に乗れる
・帰った日に対談の予定がある
合理的に考えれば、払う一択です。
それなのに、私は無料駐輪場の前で20分立ち尽くしていました。
これは節約の話じゃない、と後で気づきます。
2. 一見、節約の話だった
最初は「300円ケチってる自分、ダサいな」と思っていました。
少額をケチる癖
無料で済ませたい癖
屋根なんていらないでしょ
と言い切れない癖だらけ
これは節約の話だ、と。
でも、立ち尽くしている間、ずっと違和感がありました。
お金じゃない、何か別のものを払いたくない気がしていたんです。
「ケチ」じゃ説明がつかない、もっと深いところでブレーキがかかっている感覚。
3. 本当は別のものを払っていた
20分経って、ようやく気づきました。
私が払いたくなかったのは、300円じゃなくて、
「自分を雑に扱っていない」と認めることでした。
300円を払う。
屋根を選ぶ。
雨を避ける。
それは「自分の体を、ちゃんとケアしている」という小さな宣言です。
でも私の中の何かが、それを許してくれなかった。
「いや、それくらい我慢できるでしょ」
「みんな我慢してるよ」
「自分にそこまでしてあげる必要ある?」
過去に節約してきた自分の声。
親の声。
職場の節約圧。
医療現場で染みついた、「自分は後回し」の空気。
それが300円の前で、私を止めていました
4. 医療現場で同じことが起きている
たぶん私だけじゃないと思います。
夜勤明け。
電車。
立ったまま、48分。
タクシーなら1200円。
でもなぜか「贅沢」に見える。
連勤中、声が枯れているのに、コンビニの温かいお茶150円を我慢する。
肩こりが2週間続いているのに、整体3000円を惜しんで湿布で引っ張る。
休憩30分しかないのに、レンジ待ちで自炊弁当を温めて20分潰す。
栄養ドリンクを買うか1分悩んで、結局買わない。 などなど・・・
どれも「節約」の顔をしています。
でもよく見ると、削っているのはお金じゃない。
削っているのは、自分の回復力と、明日の自分の機嫌です。
5. 節約じゃなくて、自分の割引販売だった
ここで気づいたことを、自分のためにメモしておきます。
それは節約か、
それとも自分の割引販売か?節約とは:必要のないお金を出さないこと。
自分の割引販売とは:自分の体・回復・判断力を、数百円で安売りすること。
300円を払わない代わりに、雨に濡れた自転車・対談前の緊張・帰宅後の不快感を、自分が引き受けている。
医療現場でも同じです。
150円を払わない代わりに、声枯れ・疲労・翌日の集中力低下を引き受けている。
1200円を払わない代わりに、夜勤明けの48分立ち姿勢を引き受けている。
3000円を払わない代わりに、2週間の肩こりを引き受けている。
財布から出るのは、たかが数百円から数千円。
でも、自分の体と翌日の自分から出ていくものは、たぶんもっと高い。
どっちが本当に高くついているか、私はずっと計算していませんでした。
6. 有料駐輪場を選んでよかった、と思う
別に「節約をやめましょう」と言いたいわけじゃありません。
ただ、自分が今やっている節約が、
どちらの節約かだけは、自分で見えていたい。
・必要のないお金を出さない節約か
・自分の回復力を割引で売っている節約か
この二つは、見た目はそっくりです。
でも、続けたあとの自分の体が、別人になります。
私は結局、その日、有料駐輪場の方を選びました。
帰福した日屋根のあった自転車に乗って対談ライブを行いました。
サドルは濡れていなかった。
チェーンも錆びていなかった。
体力は、ちゃんと駅近で残っていた
300円は、浪費ではなかった。
自分を雑に扱わないための、設計でした。
おわりに
私は「節約しましょう」も「お金を使いましょう」も言うつもりはありません。
ただ、毎日のコンビニのお茶1本、夜勤明けのタクシー代1200円、肩こりの湿布3000円。
そういう小さな金額の前で立ち止まったとき、自分の中で何が言っているのかを、一度聞いてみてほしいんです。
「節約しなきゃ」の声か。
それとも、「自分にそこまでしてあげる必要ある?」の声か。
後者だったら、それは節約じゃなくて、自分の割引販売だった。
私の場合は、そうでした。
あなたが今週、節約のつもりで削ったものは、本当にお金でしたか?
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300円の出費を迷う心理を「単なる節約ではなく、自分の回復力や機嫌の安売り(割引販売)」と捉える表現に、胸を突かれる思いがしました。
夜勤明けのタクシー代やコンビニの温かいお茶を我慢してしまうといった医療現場の具体例も非常に身に覚えがあり、数百円を惜しむ代わりに自分の体や次の日の元気を後回しにしていたことにハッとさせられます。